2024年衆院選は自民党と公明党の連立与党が大きく議席を減らし、過半数を割り込む結果となった。メディアからは派閥の政治資金パーティの収入を裏で議員に還付した「裏金」問題を与党の敗因とする説が聞こえる。短い選挙戦中も「裏金」議員の選挙情勢が注目され、野党各党も「裏金」批判を繰り広げた。
だが、選挙結果をスキャンダルのみに還元することは民意の矮小化に繋がる。特に、自民党の低落は「裏金」報道以前に始まっていたことは重要である。本稿では、与党の議席減の要因を並べて検討することで、今回の選挙に関する思考と議論の転換を図ってみたい。
自民党支持率低下は「裏金」以前から
自民党の「裏金」問題が一般に広く報道され問題視されるようになったのは、東京地検特捜部による関係者への任意聴取が報じられた2023年11月中旬からである。
一方、自民党の支持率はこの時点までに低落していた。図表1は、時事通信の世論調査結果を示している。時事世論調査は、2000人近い回答者数と出来事に左右されない定期性によりノイズの小さい調査結果で知られている。
この調査における自民党支持率は、岸田内閣発足後22年3月まで20%台後半で推移していた。同年4月に30%に達したが、以降は下落傾向となり、9月からは20%台前半に定着した。23年半ばからさらに下落し始め、「裏金」報道直前の23年11月に20%を割り込んでいる。「裏金」報道が激しくなった24年1月に15%に達し、9月に総裁選の余波で21.1%となるまで20%台を回復することはなかった。
このように自民党支持率の動向は「裏金」の影響が見られる一方、同党支持率の低下はそれだけを理由としているわけではないこともわかる。それでは、どのような要因が考えられるだろうか?
長期的な要因を見逃すメディアの世論調査報道
22年参院選後の内閣支持率の急落について各紙は、旧統一教会の問題が影響したと論じた。あるいは、新型コロナウイルス感染症の拡大(第7波)の影響を指摘したところもあった。ただし、これらの問題が大きく報じられなくなってからも支持率の低迷は続いている。
たとえば、毎日新聞で統一教会と自民党について言及した記事は22年10月には90件近くに達したが、翌年2月には15件へと低下している(件数は「毎索」による)。だが同紙の世論調査でも自民党支持率は回復しておらず、低迷した水準で自民党支持率は固定化している。
このような年単位の固定的、長期的な支持率の推移について、特定のスキャンダルのみを要因とみなすことは難しい。たとえば第2次安倍政権中には、森友・加計学園、桜を見る会などが問題となり、その他のスキャンダルを含めて閣僚の辞任が相次いだ。しかし、内閣と自民党の支持率は一時低落しても後に回復しており、スキャンダルとその報道の支持率への影響は持続的ではなかった。
このような支持率の長期的な傾向を考える際には、スキャンダルのような一時的な影響ではなく、より基礎的な要因を考慮することが大切である。だが、メディアの世論調査とその報道は、直前の出来事に強く影響されて数字の変動を説明する傾向にある。また逆に、あまり変動しなかった際にその理由をあまり追究しない傾向もある。このため、内閣や政党支持率を構成する基礎的な要因を見逃してしまうのである。
軽視すべきでない景気、物価高の影響
支持率の長期的な推移を説明する基礎的な要因の代表例としては、経済状況が挙げられる。たとえば、その因果関係の方向や解釈は諸説あるが、日本の内閣支持率は景気動向指数と相関することは知られている。国内の経済状況、あるいは個人の景気、生活への満足度などは政府への評価に関連する。22年の下落に関しては特に物価高が影響していると想起される。
近年の物価高は、同年2月末のロシアによるウクライナ侵攻に関連したエネルギー価格上昇や同時期に進行した円安が端緒となっている。物価高対策が政治の中心的な話題となり始めた同年4月以降、先に見たように時事世論調査では自民党支持率は低下傾向となっている。
念のため述べておけば、一部のメディアは22年8月の支持率低下の要因として物価高も指摘している。ただ物価高自体は一時的ではなく継続的に進展したことから、この月のみに終わらず、以降の低迷の要因のひとつとなったと考えるべきである。
他にも支持率下落の要因の候補はあり、こうした議論の適否は詳細な分析を待って判断する必要がある。しかし、今回の選挙結果を形成した人々の自民党離れが、「裏金」のみによって生じたわけではなく、多様な要因により生じていることは理解できるだろう。それにもかかわらず「裏金」ばかりに注目していては、政界は民意を見誤ることになる。
「裏金」非公認候補への資金提供問題の影響は無い
選挙期間中、自民党本部が「裏金」に関連し非公認とした候補の党支部に活動資金を支給した問題が選挙民に火をつけ、自民党の敗北を招いたとする議論がある。その根拠として、新聞等が実施した序盤情勢調査では与党が過半数を占めるとされていたのが、終盤情勢調査では与党過半数が厳しい状況となったことが指摘されている。
ただ、この議論は次のように見れば妙なことに気が付く。非公認候補への資金提供が自公過半数割れを生んだから「裏金」が影響したというのなら、なぜ序盤調査で「自民が単独過半数の維持うかがう」、「自公、過半数維持の公算大」となっていたのだろうか? この序盤情勢は、「裏金」が初期の投票予定にあまり影響を与えていなかったことを示すことになってしまうのではないだろうか。
非公認候補への資金提供が影響したとする議論は、そもそも時間軸を見誤っている。非公認候補の党支部への資金支給を最初に報じたのは10月23日の共産党機関紙「しんぶん赤旗」朝刊であり、一般のメディアが広く報じるようになったのは同日昼以降である。
一方、「自公過半数微妙」とした朝日新聞の情勢調査結果はウェブでは20日夜、紙面では21日朝刊で発表されている。つまり、非公認候補への資金提供の報道以前に今回の選挙結果の趨勢は決まっていたのである。また、「自民200議席下回る可能性」とした毎日新聞の終盤情勢は23日夜にウェブで発表されている。その調査期間は22日〜23日であり、非公認候補への資金提供問題はあまり影響しなかったはずである。
性急な解散総選挙が予測を狂わせた
一部報道機関の序盤情勢が結果から外れたのは、解散総選挙が性急に行われたために、情勢が固まっていなかったためと考えられる。序盤では認知されていなかった野党候補が選挙戦を通じて徐々に選挙民に浸透し、当選を果たしたと思われる例が多かった。
たとえば、毎日新聞の序盤情勢で2番手以下とされた小選挙区候補が小選挙区に勝利した例は39あったが、これらのうち33選挙区で野党系候補が当選している(図表2)。全289選挙区のうち前職が当選した割合は85%だったがこの39選挙区では49%と5割を割っている。特に、立憲民主党では新人候補の「逆転」当選が目立つ。
また、39選挙区のうち20選挙区は埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知という今回「10増」となった5都県が占めていた。情勢が固まっていない選挙区、終盤に投票先を決定する有権者が多い選挙区では、公示直後の調査で結果を的確に予測することは難しかったのではと考えられる。
一方、性急な解散と「裏金」は自民党の大敗に寄与している。解散に前後して自民党は「裏金」議員について非公認や比例区との重複立候補の禁止の決定を行ったが、出馬を取りやめた候補も出るなど混乱した。野党側の分立に助けられたところもあったが、結果的に「裏金」選挙区では大きく負け越すことになった。
無視できない定数不均衡是正の影響
「裏金」と違ってあまり指摘されていない要因として、定数不均衡の是正が挙げられる。
今回の選挙から実施されたいわゆる「10増10減」では、宮城、福島、新潟、滋賀、和歌山、岡山、広島、山口、愛媛、長崎の各県の選挙区数が一つずつ減らされた。前回、これら10県48選挙区のうち与党系候補は75%の36で勝利した。立憲民主党が比較的強い宮城、福島、新潟の3県を除けば31選挙区で9割の勝率となっている。この増減だけで自民党は7議席以上失ったと想定される。
しかし、定数不均衡是正の効果はこれだけではない。選挙区割りの変更は地域に根を張った個人の後援会組織で地元利益を訴える選挙を戦う自民党候補には不利となることが多い。前回、旧新潟3区では自民党の斎藤洋明候補が立憲民主党の黒岩宇洋候補相手に辛勝した。だが今回、新たに新潟市域に選挙区が広がり、ここで差を付けられ敗北した。
選挙区の再編は、強い候補との対決を強いられることにも繋がった。旧宮城4区では、前回圧勝した自民党の伊藤信太郎議員が父の代から地盤としていた加美郡が抜け、石巻市など旧5区の中心地域が加わり新たな4区となった。この結果、旧5区で大勝していた立憲民主党の安住淳と対決することになり、全域で大差を付けられ比例復活もならなかった。同様に旧福島2区の根本匠自民党議員を世襲した根本拓候補も、旧3区で大勝していた立憲民主党の玄葉光一郎候補に大敗を喫することになった。
日本保守党の進出は自民党比例区の議席を減らした
今回、比例区で日本保守党に投票した人々の多くは、同党が出現していなければ自民党に投票していたと想定される。同党が獲得したのは2議席だが、仮に同党の票が自民党に投じられた場合、自民党は東京、東海、近畿の3ブロックで計3議席増やし62議席となっていた試算となる。
3議席というとわずかと捉えられるかもしれないが、前回の72議席から59議席への13議席下落のうち2割を超える下落幅を生み出していたことになり、比例区での自民党議席減の大きな要因のひとつとみなすことができる。
また日本保守党は今回一部のブロックのみに出馬したが、全国1区となる参院比例区ではさらに自民党の票を奪う可能性もあり、その意味でも軽視すべき事象ではない。
「裏金」だけでは民意も政局も見誤る
このように与党敗北の要因を分別して列挙していけば、今回の衆院選を「裏金」のみで語ることは拙速であることがわかるだろう。
もしひとつのスキャンダルが与党敗北の原因だとすれば、そのスキャンダル関係者の退場や時間の経過とともに与党の支持は回復に向かうはずである。「裏金」議員がいなくなれば、報道が「裏金」問題に飽きれば、再び風が吹く、ということになる。だったら、与党は世論が忘れるまでじっと我慢していればよい。
しかし、ここで挙げたような背景を考慮すれば、このような楽観的な見方は通用しないことは明らかである。与党の支持を回復させるためには、物価高を鎮静化する、あるいは物価に応じて所得を増やしていくような能動的な政策が必要となる。もっとも、政策金利ひとつとってもそれが簡単でないことも明らかである。
日本保守党に票を奪われたとすれば、その対応はなかなか難しい。票を奪い返すために右に寄れば中道票を失うことになる。協力関係を結ぶとすれば公明党との関係が微妙となる。放置するにしても、選挙区に候補を擁立しないよう裏で取引する等の「寝技」は必要だろう。
選挙区割りの変更や「裏金」議員排除による足元の混乱を収めるには、新たな候補を擁立し地盤を醸成していく必要があり時間を要する。だが、そもそも次の衆院選まであまり時間がない可能性もある。
今回の衆院選は、あたかも解散権を与野党がともに持っているかのような状況を生み出したものである。政権の存続が他党に脅かされる状況が続くことは、政策や政権運営だけでなく、組織の立て直しの面でも困難をもたらすはずである。支持率の低さ、足元の弱さを抱えた自民党が、組織の求心力を回復し、来年の参院選を迎えられるかが焦点となるだろう。
その点では、与党だけでなく野党側の戦略と行動も重要となってくることは論を待たない。今回、自公は野党側の準備不足や分立に相変わらず助けられた選挙区も多かった。野党内対立を下手に深めて参院選を戦えば、基本的に自民党に有利な作りとなっている参院選で野党は当然に敗北すると考えられる。
あるいは、「裏金」だけを殊更に取り上げて政治を混乱させていては、野党への支持は高まらず、政治不信が深まるだけに終わるだろう。投票率が上がらなかったのだから、「裏金」追及が有権者の半数にとって関心事ではなかったことは明らかである。政治から目を背けた人々の信を勝ち取るための行動や主張が、与野党各党に求められる。投票率の低下は与党だけでなく野党の問題でもあるのだから。
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