「社会増」とは、人の生死以外の理由による人口の増減を指します。人が引っ越して来たり(転入)、引っ越して行ったり(転出)することによる人口の増減です。イメージとしては、自治体が発展していれば社会増、衰退していれば社会減となります。つまり、地方創生政策が成功して自治体が発展しだしたと主張しているわけです。
しかし、政府統計を分析すれば江津市において若者の起業促進が社会増をもたらしたと述べることはできないことがわかります。以下、これを3つの図表により指摘しています。
なお、この結論を導くまでの筆者の分析と考察の経過はツイッターで呟きました。これは別エントリでまとめ、公開していますので、参考にしていただければと思います。
島根県江津市の社会増減(転入人口マイナス転出人口)の値は、2018年ごろに確かに急回復しています。2017年10月から2018年9月までの期間で集計した島根県の統計(こちらの第4表)では、江津市の社会増減は28人のプラスの値となっています。一方、2016年10月から2017年9月までの集計(こちらの第4表)では61人のマイナスの値となっていました。
もっとも、特に小さい自治体における社会増減の値は、大規模施設の立地や撤退、公共事業の開始や終了など、特殊要因で動きがちなものです。少なくとも、特定の政策の成否を直接示すものではありません。そうでなくとも、このような数値の急変は何かあると思わせます。
ここでは「若者の起業」が要因と主張されていましたので、まず年齢ごとの社会増減を見てみます。図は、江津市の男性の5歳刻みの社会増減の値を年度ごとに折れ線として示したものです。なお、政府の住民基本台帳人口移動報告の年報(詳細報告)を用いていますので、島根県の統計と異なり1月〜12月の集計値です。
これを見ると、2018年に15-19歳の社会増が激増していることがわかります。それまで大きくマイナスに振れていたものが+40と極端な値を取っています。なお女性では2018年に同様の顕著な変動は見られません。
このような転入の急増はなぜ起きたのでしょうか。年齢ごとには集計されていませんが、転入の理由は統計としてまとめられています。表1では、各理由を転入元、転出先に分けて集計し、さらに18年の値から17年の値を引いた「変動」も示しています。こちらの第12表を元に作成しています。
一番下の変動(2018年-2017年)の表の右端「転入-転出」(つまり社会増減)の列を見ると、両年間で最も大きな変化は「就学・卒業」により生じていることがわかります。またこの数字の動きは、県外からの転入の激増で生じていることもわかります。転入なので卒業でなく就学が移動理由のはずです。このほか、結婚・離婚等による県内他自治体への転出の減少も効いていますが、今回は論じません。
この就学のための転入の激増は、他に当てはまるカテゴリがないので15-19歳男性の転入激増の背景と考えられます。言い直すと、江津市の社会増は教育機関に通うために引っ越してきた15-19歳男性が生み出したものです。表1を見ると、仕事関係での転入は多くなく、転出も多いことから、若者の起業促進をはじめとする江津市への就労政策が身を結んだ結果、社会増となったと主張することは難しいと結論付けられます。
以上で江津市の社会増は若者起業促進策によって生じたとする議論は否定できますが、やはり気になるのはなぜ2018年に10代後半男子が突如江津市に大挙して押し寄せてきたかでしょう。
就学で転入ですから、親元から離れての下宿・寮生活ということになります。江津市の高等教育機関は寮があるところが多いですが、数十人規模の男性の県外からの転入を生み出しうる教育機関は中国職業能力開発大学校島根校(ポリテクカレッジ島根)と石見智翠館高等学校の、おそらく2つしかありません。後者は旧校名「江の川高校」のほうが馴染みのある人も多いかもしれません。野球、ラグビーなどで有名なスポーツ強豪校です。
この2機関のどちらかが要因だとした場合、どのような統計を見れば白黒つけられるでしょうか。表2は、10代男性転入者の移動前の住所の分布を示しています。10代全体の集計値で、統計の仕様の変更で18年には外国人移動者も含まれていますが、ここでの考察には支障はないでしょう。
この表を見ると、17年は計1人であった大阪府、兵庫県からの10代男性転入者が18年には計34人と極端に増えていることがわかります。職業訓練を行う短大ではこのような動きは起きないでしょう。全国大会出場を目指した、スポーツの強豪校が揃う府県からの“国内留学”で説明できる数字です。
ストーリーとしては、それまであまり住民票を移動させていなかった石見智翠館高校のスポーツ寮生が、何らかの理由により住民票を移動させるようになったことが、江津市の社会増を生み出したのだと想像されます。ただ、なぜ2018年からなのかはわかりません。同様にスポーツ強豪校(明徳義塾)が立地する小自治体である高知県須崎市・土佐市について統計を見てみましたが、江津市のように転入は急増してはいませんでした。なので高野連からの指示等、全国的なものではなく江津市または石見智翠館特有の事情ではないかと推察されます。誰か突っ込んで調べてくれれば面白そうですが。
このストーリーが正しかったとすれば、やはり起業支援で社会像云々の言説は通りません。プロ野球選手は個人事業主のようですから、スポーツ国内留学も起業支援と言えなくはないのかもしれませんが。。。
なお、Prof. Nemuroというアカウントが本記事の元となった内容を典拠なく利用し、noteにファクトチェックと称して記事を上げています。
↓
https://megalodon.jp/2020-0128-2022-57/https://note.com:443/prof_nemuro/n/n53a85c81b6e3
U・Iターンのあたりは独自見解を足したようですが、江津市の起業支援は出身者限定でないのでU・Iターンが増えないことは分析の焦点とはならず、あるいはむしろU・Iターン割合が低下したほうが政策効果の傍証となりそうです。
なお、筆者の元の呟きは下記にまとめています。
安倍首相演説:島根県江津市が若者の起業を積極的に促した結果、人口の社会増を実現させたというのは本当か
以上、ご注意いただければと思います。
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