2020年02月06日

デジタル毎日「政治プレミア」寄稿記事一覧


 デジタル毎日の「政治プレミア」で、モデレーターをしています。簡単に言えば、主に国会議員の寄稿記事に関して意見募集を行い、寄せられた意見を紹介する役割です。政治プレミア内では、意見募集記事は「一言」、意見紹介記事は「まとめ」と呼んでいます。

 他にも何人かモデレーターの方々がおられますが、自分の場合は「一言」、「まとめ」を通じ論点を提示し、自分で議論を展開してしまいます。いただいたコメントも並列的に紹介するのではなく、意見募集対象記事ともども論理展開の中に組み込んで利用するスタイルです。なのでだいたいいつも長めです。

 このエントリでは、寄稿した「一言」と「まとめ」、意見募集対象記事などの情報をまとめておきます。「一言」は記事全体が無料で公開されますが、「まとめ」は有料記事会員のみ閲覧可能となっています。このエントリでは長めに冒頭部分を引用しておきますので、閲覧の参考にしてください。なお、コメント投稿は誰でもできますが、編集部によるチェックが入ります。

最新記事
第9回
 総括記事が長かったので2回に分けて公開されました。

■総括記事「まとめ」その2
桜を見る会「病巣」の正体(後編) 私物化政治が行き着く先は(2020年1月28日)
冒頭部分引用
 前回の記事では政治家が自身の選挙運動のために国や自治体の予算、行政活動を利用している、「私物化」している例をいくつか紹介しました。今回は、利益分配の側面から政治・行政の「私物化」について考えていきたいと思います。

政党は支持層の利益を代表する存在
 支持者への利益供与は、桜を見る会に限る問題ではありません。ただし、意見募集記事で述べたように政治には利益還元の要素はつきものです。先にこの点を整理しておきます。

 武蔵さんは「元々『政治』とはなんでしょう?(中略)本テーマの提言者は『政権に就いた際に支持層に利益を還元するのが政党の使命』とされるが、ここから既に違っている。政治は“国民の安寧”を実現するのが目的」としています。もしかすると、この意見につい賛成してしまう人も多いかもしれません。

 ここで「政党は英語ではpartyといって〜」と政治学の授業を始めるつもりはありません。少しだけ述べれば、政治は集団内で衝突する利害の調整、その配分を行う機能や営みを指すものですから、利害は政治の存在理由と言えます。新宿の風さんが述べるように、「政治とは本来意味としてリソース・利益・不利益の分配を執り行うもの」なのです。

 その中で一定の支持層の利害を代表して行動することを期待されているのが政党です。もし政党が支持者への利益分配を目指さないなら、選挙競争や政党間の連立交渉、合意形成など、民主主義の諸相はいずれも成り立たないでしょう。

 もっとも、「国民のため」を標榜(ひょうぼう)する空疎な政治観は日本の政界には根強いようです。野党党首がこういった言葉を当たり前のように発するのを見かけますが、そのたびにだから野党の支持率は低いままなのだと感じます。全体でなく自分のための存在だと感じたときに、人は特定の政党を支持するのですから。

私的利益を追求する議員、公的利益を偽装する政権
 このように、政党が支持者への利益分配を図ることは間違いではないどころか、それが政党とその支持者双方の活動目的でもあるわけです。このような前提で見ると、政府の予算で支持者を歓待した桜を見る会も問題ではないと思えるかもしれません。この点をもう少し考えてみましょう。

■総括記事「まとめ」その1
桜を見る会「病巣」の正体(前編) 「私物化」に慣れきった有権者とメディア(2020年1月21日)
冒頭部分引用
 元記事の田村智子議員の記事では、桜を見る会を「私物化」と表現し、これを批判していました。この問題は論点が大きく広がっていますが、今回の意見募集ではこの「私物化」に焦点を置くこととしました。

 桜を見る会における「私物化」は、国の予算を用いた公的行事を選挙区の支持者や資金提供者への利益供与のために開催し、自民党とその議員の選挙運動のために国の予算を用いたことを指します。国の予算を公共のためではなく、政党や議員個人、一部支持者の私的利益のために流用したという意味で「私物化」だと言えるというわけです。

 しかし、このような意味での「私物化」は今回の問題に限ったことではありません。ただ、一部の野党議員やマスメディア関係者も、あるいは政治プレミア読者を含む多くの有権者も、こうした「私物化」に慣れきってしまっていて、共産党が発掘して安倍政権自ら問題を大きくしてくれるまで気が付かなかったのだとモデレーターは認識しています。また一方で、「お花見」というイベントであることや、問題の経緯や経過があまりにも雑なことから、この問題自体が本来の事の重大さに比して軽く見られがちなところがあるように思います。

 今回の問題は、とても目立つ氷山の一角に過ぎず、「私物化」の様式は日本の政治行政に深く根付いています。桜を見る会という目立つ看板に釣られてやってきたみなさんを、氷山下山ツアーにお連れしようというのが、今回のまとめ記事の狙いになります。

招待者を公表できないことが「私物化」の証明
 桜を見る会が「私物化」されていること、つまり本来は国の予算を用いて行うべきではない、私的利益を満たすための行事であることは、招待者を公表せず、その名簿を破棄したことが端的に示しています。

 「手続き的な正当性が担保されている限り、『桜を見る会』や叙勲や国民栄誉賞などに選ばれた人たちに、時の政権の価値観に基づいたバイアスが生じることは仕方ないことであり、あとは民主的な統制=世論・選挙に委ねるべきというのが基本原則でしょう」とするsnrkさんが言うように、「まず『手続き的な正当性を国民が判断するための客観的材料たる公文書が隠蔽(いんぺい)されている』ことに第一の問題があると考えられ」るのです。

 no nameさんが述べるように、この会は「各界において功績、功労のあった方々を招き日頃の労苦を慰労する」目的で行われている行事とされています。国民を代表して首相が評するわけですから、その功績、功労は公に関する、公に資するもののはずです。このため、対象者の氏名とその功績・功労を公知にすることができないという道理はありません。りおさんが主張したように「公費で、『国が認めた功績のある方の功績を讃(たた)えてお招きする花見』なのだから、名前と理由は公表・情報保存されて然(しか)るべき」なのです。

 実際、後に見る叙勲の例では全員の氏名と功労の内容が公表されています。公にできない功績で匿名の誰かを公費で慰労しなければならないというのは、招待されたのは秘密警察か何かなのでしょうか?

■意見募集記事「一言」
「支持者に利益還元」何が悪い? 桜を見る会など「私物化」どこまで許される(2019年12月6日)
冒頭部分引用
 桜を見る会の問題は、その膨れ上がる予算への疑義から、後援会支持者への優遇、反社会的勢力の招待、疑惑が生じてからの参加者名簿の破棄など新たな問題、疑義が芋づる式に広がり、国政の重大な問題となっています。この問題の発掘と拡散に貢献した共産党の田村智子議員が述べるように、「税金を使った公的行事を後援会行事に作り替え」、「選挙に向けたおもてなし」としてこの行事が「私物化」されたとの指摘は正当でしょう。

 政治プレミアで議論する話題としては巨大になり過ぎている感もありますが、日本の民主主義に関わる重要な論点を含んでいると考え、今回意見募集の対象として取り上げることとしました。

国の予算で特定の人々に利益供与が可能な仕組み
 今回の問題が大きくなった根本には、政権が指名した人々を国の予算で歓待できるという桜を見る会の仕組みがあります。ここに著名人、芸能人に加えて首相や自民党議員の個人的な支持者、後援会員、資金提供者が入り込み、問題が根深く複雑になったわけです。

 このような仕組みがあるおかげで、国の予算で容易に支持者に利益を供与できることになります。無料で歓待を受けるだけでなく、首相との近さをアピールできる、社会的信用を獲得するなど、参加者が得られる利益はさまざまです。これにより歓心や票、政治資金を得られるのであれば参加者と政治家の利害は一致します。国の予算を使えるので、そもそも「害」は小さいでしょう。

 ただ、ここで考えたいのは、こうした形で行うような事実上の支持者への利益供与や政治家の選挙運動はどこまで許されるのかという点です。広く見渡せば、公職に就いた政治家が主体となり、国や自治体の予算を用いて支持者に事実上の利益配分を行ったり、自分たちの選挙運動を行ったりするようなことは数多く見つけることができます。

 田村議員は、桜を見る会は「会の趣旨が変わってきている」とし、元々の「功労・功績を認められて省庁から推薦される正規のルート」からの参加者であれば認める立場のようです。このような「正規化」により今回問題視されたような露骨な支持者優遇は排除されるかもしれません。しかし、こうした行事にその時の政権に近い有力者、有識者がより多く呼ばれることに変わりはないでしょう。

支持者への利益還元が期待される政権交代
 この点を考えなければならない理由としては政権交代があります。誰かの支持を受け、政権に就いた際に支持層に利益を還元するのが政党の使命だとすれば、政権獲得時に支持層優遇と取られる判断を行うことは避けられません。政権与党が支持者に利益を還元すること自体、政権交代と民主主義の自然な帰結です。

 仮に共産党政権が誕生すれば、桜を見る会の人選も自公政権と同じになるはずはないでしょう。もし共産党議員が自公政権と変わらない政権寄りの著名人や資産家と付き合いだとしたら、それこそ政権交代の意味はなく、同党支持者は選挙と民主主義に期待しなくなります。

 政権交代を前提として見た場合、桜を見る会に限らずに政権運営の公私の境界は曖昧です。それどころか、支持者への利益還元という意味で積極的に「公」の「私物化」が求められている側面もあります。無定見に政権運営の「私物化」を批判すれば、政権交代後により些末(さまつ)な判断、選択について「私物化」批判にさらされるでしょう。田村議員が「正規ルート」で公私を線引きしたのは、おそらくこれを予見したためでは……というのは邪推でしょうか。ただ、「正規ルート」であれば桜を見る会に問題が生じないわけではないでしょう。

■意見募集対象記事
 田村智子参議院議員 桜を見る会 安倍首相の「徹頭徹尾」私物化

■関連ページ
 田村智子 参議院議員の実績 | 国会議員白書



第8回
■総括記事「まとめ」
低投票率は誰のせい? 社会的弱者に響かぬ「改憲の是非」(2019年8月13日)
冒頭部分引用
 2019年参院選は近年の衆参両院選の傾向とあまり代わり映えのしない結果に終わりました。野党各党は協力して善戦を作ることはできましたが、結束した自公両党に全体で勝利することはできませんでした。

 それでは、野党が自公政権に勝利することは無理なのかというと、そうではないでしょう。09年衆院選では現に民主党が圧勝しています。このときと異なるのは投票率です。09年衆院選の投票率は69.3%(小選挙区)であったのに対して、19年参院選の投票率は48.8%(選挙区)でした。

 今回の意見募集では、この低投票率を見越して、もっと人が政治に関心を持つ政策、争点は何かを問うてみたわけです。

固定票を持たない野党という問題
 自民党も公明党も、日本の政党の中では毎回投票してくれる固定票を持っている政党です。これに対し今の野党は、固定票が少ないために選挙ごとに手を替え、品を替えして浮動的な有権者を引きつけようとしています。いろいろな新党が出現するのもその一環と言えます。

 ちなみにこの点は共産党も例外ではありません。共産党の場合、他野党が伸びているときには票を減らし、他野党が低調なときには票が増えるという形で浮動票の影響を強く受けます。14年衆院選や16年参院選の比例代表の共産党票は600万を超えていましたが、10年参院選や12年衆院選では400万を割っていました。この間、同党の政策の方向性は大きく変化していないのにです。

 このように固定票が少なく、浮動票獲得のために右往左往しなければならないのは、各野党を恒常的に支持、応援したいと思わせる価値がないということを意味します。言い換えれば、各党の政策や大きな方向性が、多くの浮動層、棄権層にとって有益でない、さほど重要でないものなのです。だからこそ、野党は支持を伸ばせず、投票率は低迷しているわけです。

投票が簡単にできれば?
 それでは、どうしたら人々を投票に向かわせることができるでしょうか。いただいたご意見を手掛かりに少し考えてみましょう。


■意見募集記事「一言」
憲法改正は争点として有効か 何をテーマに訴えればいい?(2019年7月18日)
冒頭部分引用
  国政選挙になると、マスメディアでは今回の選挙の「争点」はこれこれといった報道がなされます。各政党、各候補もさまざまな「争点」について考え方や賛否などを表明します。

 そうした報道や選挙戦が悪いとは思いませんが、どれほどの意味があるのかと疑問に思うこともあります。近年の衆参両院の選挙では、投票率は50%近くにまで低下していますから、多くの人がそうした「争点」に無反応、無関心であることは確かでしょう。

票を掘り起こせない野党
 特に野党の側にとってこれはより深刻な問題です。多くの有権者が投票に行かなくなるくらいに、野党側の主張、争点に関心が向かないのが、野党の支持不足、票不足の要因だと言えるからです。自民党は比例区で有権者の2割以下の票数しか集めていないのですが、それで政権を維持できるのも、野党側が大して票を集めることができていないからです。

 野党の顔触れや名前は細かく変わっているものの、野党側が「争点」として取り上げるものは憲法、消費税、年金、原発、与党のスキャンダルなど、近年あまり変わっていません。投票率が一向に上がらないことは、これらいつも取り上げる「争点」が棄権層を掘り起こせていないことを意味します。

■意見募集対象記事
 なし

■関連ページ
社会的弱者に支持されない野党(当ブログ内エントリ)
憲法改正への賛否と投票行動(当ブログ内エントリ)
2019年参院選の雑感(当ブログ内エントリ)
菅原琢「多くの人々の声すくうには」『朝日新聞』2012年8月30日朝刊 (当ブログ内エントリ)


第7回
■総括記事「まとめ」
「おじさん支配」脱却こそ政治不信克服の鍵 女性議員増加なぜ必要なのか 玉木雄一郎さん寄稿に(2019年4月1日)
冒頭部分引用
 今回は女性と政治をテーマとした意見募集でしたが、自身の体験に根差した芯の太い投稿がいつもよりも多かった印象です。新聞読者はデジタルも含め中高年男性の割合が高そうですが、当事者からのストレートな意見は、他の読者のみなさんにどれだけ響いたでしょうか?

能力があれば議員の性別は関係ない?
 まず、なぜ女性議員の割合を増やさなければならないのか、増やしたほうがよいのか、根本的な話をもう少し進めておきたいと思います。

 いただいた意見の中には、「そもそも政治家としての『能力』は性別に関係ないはずだろうし、政党に女性議員を増やすよう望む理由にも、大して意味はない、言ってしまえば男女の比率なんて本当はどうだっていい」(ぴらさん)、「女性議員を増やさなければならないと考えること自体が、男性と女性に分けた性差別の考え方で、こんなことを議論することはナンセンスである。能力があれば100%女性でも100%男性でも構わないと思う」(塩崎隆幸さん)といった意見も見受けられました。

 女性優遇は男性差別だとする議論と同様に、このような形の議論はネットでもよく見かけます。多くの場合、悪気なく主張されているように思います。仮に政治がもたらす公共政策が、性別に関し無差別に影響を与えるものなら、政策決定への関与者の性別格差はあまり問題とはならないでしょう。議員が男性であろうが女性であろうが、その決定がもたらす利益や損失が一方の性に偏ることはないでしょうから。

女性の不利益是正策を講じない国会
 しかし、われわれの社会は現実に性別により求められる役割が大きく異なり、中には根の深い偏見や差別により助長されたものもあります。

■意見募集記事「一言」
女性は「政治力が低い」のか 国会の中高年男性支配どう考える ご意見募集 | 玉木雄一郎さんの寄稿に一言(2019年3月12日)
冒頭部分引用
 日本の国会の女性議員比率が、世界的に見て極端に低いことは周知の事実だと思います。列国議会同盟による193カ国の国会(2院制の場合は下院)の女性議員比率をみると、最新の2019年1月で、日本(10.2%)は165位と下位に沈んでいます。日本より下位には、イスラム諸国や太平洋の小国、君主制や軍事政権の国々、内戦中もしくは内戦終結直後の国々が並びます。以前より政界では女性議員の増加の必要性が叫ばれていました。しかし、これが掛け声に過ぎなかったことは、この数字が証明していると言えるでしょう。

■意見募集対象記事
玉木雄一郎衆議院議員 女性議員を増やして「既存政治」を飛び越える

■関連ページ
玉木雄一郎 | 衆議院議員 | 国会議員白書
“後退”する日本の女性議員割合(当ブログ)
衆院議員と日本人の人口ピラミッド(当ブログ)
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国会議員の人口ピラミッド


第6回
■総括記事「まとめ」
徴用工問題は「解決済み」か 韓国と付き合うために日本の政治家がすべきこととは 穀田恵二さん寄稿に(2019年1月23日)
冒頭部分引用
 徴用工訴訟問題は、他の問題や事件も絡みながら、日韓関係を揺るがす重要な出来事として報道が続いています。こうした報道から、最も近い隣国と良好な関係を築くのは難しいことであるとの印象を抱いている方も多いでしょう。今回は、いただいたコメントを整理しながら、両国関係の今後の方向性を探っていきたいと思います。

「解決済み」と主張するだけでは解決できない
 今回寄せられたコメントは、大きく二つに分けられます。徴用工への補償は日韓請求権協定で解決済みであるとする現在の日本政府の公式見解に沿った意見と、日本(政府)はもっと誠意をもって冷静に話し合うべきだとする穀田恵二議員の議論に沿った意見です。
 「解決済み」派のコメントは、たとえば次のようなものです。「個人請求権の存在は認めていますが請求対象はあくまで韓国政府という立場を一貫すれば良い」(吉本直浩さん)、「確かに個人の請求権は生きていますが、それは日本政府、及び日本企業が背負うものでは無く、韓国政府が全て賄うべき事柄」(てんちょさん)、「日韓基本条約を結んだ時点で、韓国の徴用工とされる人たちへの補償は韓国政府がすべき問題」(イルミネーションさん)、「原則としては、個人的請求権は韓国政府が責任を持って賠償すべきだ」(daipaさん)。
 後に示すように、こうした意見が出てくることはごく自然なことです。ただし、今回の問題で韓国にどう対応するか、あるいは二つの独立国間の関係をどう構築するかという論点の前では、あまり意味のある意見ではありません。なぜでしょうか?…

■意見募集記事「一言」
徴用工問題、韓国にどう対応したらよい? ご意見募集(2018年12月27日)
冒頭部分引用
 労働者の基本的人権を制限し、劣悪な環境下で酷使したうえに十分な賃金を支払わないような企業は、現代の日本ではブラック企業と呼ばれて非難されます。この労働者には同情や支援が集まるでしょう。しかし、法も制度も異なるはるか昔の戦時下に、旧植民地であった朝鮮半島の人々の身に起きた出来事で、現在別の国家となっている韓国で提起されている訴訟の話となると、問題の捉え方や反応が途端に複雑になります。
 新聞、テレビ等で韓国の徴用工訴訟について報じられていますが、その多くは判決内容とこれに対する現在の日本政府(安倍晋三内閣)の反応を端的に伝えるのみです。また、ネット上で「解説」と称するものをいくつか確認してみても、「日韓請求権協定」なるものによって「完全かつ最終的に解決された」問題が今になって蒸し返されたのだとする現在の日本政府の公式見解に沿ったような指摘がやはり目立ちます。
 これに対して、今回の意見を募集することになった穀田恵二議員の記事では、「被害にあった個人の請求権」は消滅しないと過去に日本政府の見解が示されていたと指摘します。

■意見募集対象記事
穀田恵二衆議院議員 徴用工問題 日韓の冷静な話し合いで解決できる

■関連ページ
穀田恵二 | 衆議院議員 | 国会議員白書



第5回
■総括記事「まとめ」
国会の「無駄」参院をなくせば済むのか 浅田議員寄稿に(2018年12月1日)
冒頭部分引用
 今回は国会改革という生活に関係のない地味なテーマだった割には、多くのコメントが集まったように思います。コメントを読むと、その背後には参院に限らず国会と国会議員に対する不満があることがわかりました。あえて言えば、政治不信の矛先として参議院がスケープゴートとなっているのです。
 そうだとすれば、参議院を廃止して解決する問題でもありません。寄せられたご意見を手掛かりに、2院制や国会の在り方、生かし方について考えてみたいと思います。

目立つ「国会=無駄」の指摘
 冒頭に述べたように、特に目立ったのは国会や国会議員の無駄を指摘する意見です。
 大内民雄さんは「衆議院が優越している以上、参議院の存在価値はない。衆院と参院で同じような議論を繰り返し、最後は衆院の議決通りとなる。時間の無駄としか考えられない」と、kacchanさんは「現時点でも衆院優先であるので、存続に意味なし。税金の無駄遣い」だと主張します。時間やコストの無駄という認識が、参院廃止論の背景にあると言えるでしょう。
 また、「今時夏休みが3カ月取れる、しかも税金で。こんなおいしい仕事は世界中どこ探してもみあたらない。長年働いてきた自分の目からすると信じられない厚遇だ」というJferryさんの率直な感想、「2院制は存続させる上で議員定数を半分ほどに衆参ともに削減」という鈍感野郎さんの提案、2院制は必要としつつ「財政再建からも議員定数、政党交付金は削減すべきだ」というteruさんや「議員数の大幅削減は必要」というよしださんの意見も、国会や国会議員が無駄であるとの認識で一致しています。
 モデレーターとしては、これらの意見に賛成はしません。しかし、今の国会や国会議員を見れば、このような考えに至るのは無理からぬことと理解しています。モデレーターのウェブサイト「国会議員白書」では、国会議員の活動統計を公開していますが、国会議員なのに国会であまり働いていないような議員を何人も発見できますから。

与党議員はヒマになるのは仕方がない?
 ただし、1院制にすれば、議員定数を減らせば、国会議員が働くようになるわけではないでしょう。「働きアリの法則」よろしく、一定割合の議員がサボるようになるかもしれません。どうすれば国会の無駄を減らせるのか、考えを進めてみたいと思います。
 まず、参院は衆院の決定を繰り返しているだけだから無駄であるとの指摘について正しておきます…

■意見募集記事「一言」
参院は無用の長物か 国会改革「1院制」がいい? ご意見募集(2018年11月16日)
冒頭部分引用
「参議院は『良識の府』たれ」という主張を初めて聞いたとき、「衆議院に良識はなくていいの!?」と反応する人も多いかもしれません。
 参議院の存在理由、あるいは理想としてしばしば言及される「良識の府」は、実は憲法等で特に規定されているものではありません。憲法では、首班(首相)指名や各種議案に関し衆議院の議決が優越すること、衆議院には解散があること、任期の違いなどが定められていますが、基本的には衆参両院に大きな差を設けているわけではありません。そしてこのために、似たような院が二つも必要かという疑問が長年にわたりくすぶり続けることになりました。「良識の府」は、この疑問への回答として後から強調されるようになった参議院の存在理由だと言えるでしょう。

先行する参議院改革
 このような危うい立場であったため、参議院ではしばしば改革が講じられてきました。今回、意見募集の対象となった浅田均・参議院議員の記事では、超党派の衆議院議員が提言した国会改革のひとつとして押しボタン投票の導入が紹介されています。しかしこれは、参議院では20年前にすでに導入済みの“改革”です。
 この押しボタン式投票のおかげで、参議院のウェブサイトに行けば、どの議案で、どの議員が、どのような投票を行ったのかをおおむね把握することができます。一方、押しボタン式投票がいまだ導入されていない衆議院では、ほとんどの議案で各議員の投票行動を把握することができません。それどころか、衆議院では各議員の本会議への出席状況すら知ることができません。これに対して参議院では、本会議に出席した議員の一覧が当然のように議事録に掲載されています。
 やはり衆議院は「良識」を求められていないのでしょうか!?…

■意見募集対象記事
浅田均参議院議員 参院改革 2院制は必要か 首長との兼職も

■関連ページ
浅田均 | 参議院議員 | 国会議員白書



第4回
■総括記事「まとめ」
野党統一候補は目的ではない 「自公打破」以外の意義を 長妻さん「選挙制度」寄稿に (2018年10月24日)
冒頭部分引用
 選挙制度と野党の選挙戦略という二つの大きな論点を含んだ今回の長妻昭議員の論考には、たくさんのコメントが集まりました。長妻議員の左右両方からの“人気”がそうさせた側面もあるでしょう。しかしそれ以上に、選挙制度の話題はそれが政治のありようを大きく変える可能性を秘めるだけに、政治プレミアの熱心な読者である政治通のみなさんの琴線に触れたのだと思います。そこで今回は、まず選挙制度の話題を中心にコメントを整理し、野党共闘については最後に簡単に議論しておきたいと思います。

大きく分かれた「頭の体操」への評価
 長妻議員は、他国と同じ選挙制度だった場合に自民党圧勝の選挙結果が大きく変わると指摘しました。「頭の体操」と断ってはいましたが、現実と大きく異なる結果を前にして選挙制度を変えるべきだとの意見が集まりました。
 ぴらさんの「大量に死票が出たり得票率が議席に反映されない選挙制度なんておかしい」という率直な感想や、伊豆光男さんの「安倍政治、自公政権は民意ではなく制度が支えている」という見立ては、政治プレミアファンさん、なりたんさん、柳生十兵衛さん、カメさんなど、選挙制度を変えるべきだとする多くのコメントに通底したものでしょう。
 一方で、こうしたシミュレーションを基に議論することに否定的な意見もいくつか寄せられました。長妻議員が「負け惜しみを言おうとするのではない」と述べたところで、ちゃこさんの「現行制度では勝てそうもないですか。(中略)こんな文章は負け惜しみにしか取られませんよ」といった解釈や、宮本正さんの「『タラレバ』話、又は『無いものねだりの、有るもの誹(そし)り』に聴こえます」といった感想を避けることはできないでしょう。
 賛否両論ありますが、国会議員の提起した議論に対して一般の有権者の方々から活発に意見が寄せられたことは、今後の議論の進展を見据えれば悪いことではないと思います。

現在の立場を基に選挙制度を論じるのは誤り
 ただしモデレーターとしては、みなさんのコメントを読んで選挙制度に関する議論はやはり慎重になされるべきだとも感じました。
 選挙制度の評価や改革の方向性には、論者の党派性と現在の政治状況が色濃く反映される傾向にあります。国会で多数を占める与党側の立場であれば現行制度を擁護し、これが民意だと主張するでしょう。野党側であれば、現行制度は民意を踏みにじるひどいものだと攻撃することになります。
 しかしここで注意しなければならないのは、どの勢力が与党で野党なのかといった政治状況は、時とともに大きく変わり得るということです。

■意見募集記事「一言」
野党が候補を一本化する意義は? 「仲たがい」どうすればいい?(2018年10月11日)
冒頭部分引用
 選挙での得票率を合算すれば与野党拮抗(きっこう)しているが、野党がバラバラに戦っているために自公の独走を許している。したがって野党は候補を一本化して戦わなければならない。――長妻昭議員の議論を要約すればこのようになるでしょう。
 長妻議員の試算が示すように、現在の日本の選挙制度では投票結果と議席比が大きく乖離(かいり)しています。その原因が、有権者や与党ではなく、バラバラに戦っている野党にあることも確かです。
 こうした野党の現状に対し、みなさんはどう思い、考えているでしょうか? 候補一本化の是非にとどまらず、野党各党への期待や不安、制度の問題点、戦略の提言等々何でも構いませんので、野党の今後に資するご意見、ご感想をコメントとしていただければと思います。
 以下、参考までにモデレーターの考えを記しておきます。

仲たがいする野党という深刻な問題
 冒頭の要約のような考え方自体は、これまでモデレーターも各所で述べてきましたので異論はありません。しかし次のような理由から、野党協力が実現すればそれでOKとも考えていません。
 少し「頭の体操」を続けてみましょう…

■意見募集対象記事
長妻昭衆議院議員 「安倍1強」選挙制度で一変 ドイツなら?

■関連ページ
長妻昭 | 衆議院議員 | 国会議員白書



第3回
■総括記事「まとめ」
外国人労働者受け入れ 得をするのは誰か(2018年9月13日)
冒頭部分引用
 欧米各国で移民政策が政治争点になっていると「一言」の冒頭で述べましたが、特にこれが明確になるのは各種選挙において移民排斥を訴える政党が躍進したというニュースでしょう。この種の政党の躍進は、移民政策を推進した既存政党が有権者の理解を得られなかった、有権者の意向をくめなかったことを意味します。
 それでは日本はどうでしょうか、というのが今回の議論のテーマとなります。宮本正さんが「全体をよく俯瞰(ふかん)」していると評した大塚耕平議員の寄稿から考えてみたいと思います。

実感しにくい経済的理由
 欧米でも日本でも、移民政策が推進される主な理由は同じです。人道主義的な理由も掲げられますが、「外国人労働者受け入れはあくまで経済的理由で行うもの」と高橋正俊さんが指摘するように、経済が豊かになるという期待があるからこそ各国政権は外国人を労働者として受け入れようと動くのです。
 もっとも、その豊かさを実感できる人々は多くはありません。もちろん、外国人低賃金労働者のおかげでモノやサービスの価格が抑制されれば、一般消費者にとっても利益といえるかもしれません。仮に外国人労働者のおかげで企業が利益を上げ全体の景気も良好となるなら、その社会の人々は得をしたとみなすことも可能でしょう。
 しかし、こうした回りまわってもたらされる利益を外国人労働者のおかげと識別する人は多くはありません。そんな曖昧な“利益”よりも、低賃金労働者の増加の結果として自らの賃金が上がらないことへの不満、あるいは“文化”の相違からくる不安のほうが勝る人は多いでしょう。労働者の賃金が上がらないことで直接的な利益を得るのは経営者や投資家であって、一般の被雇用者ではないのです。

“文化”ではなく貧困こそ問題
 実際、今回の数少ないコメントでも“文化”の衝突に触れたものがあります。“文化”の問題は「正しい正しくない(=論理)、ではなく好き嫌い(=情感)の次元であり根が深い」とする宮本正さんの指摘は外れてはいないでしょう。
 一応述べておけば、人々が外国からの移住者に覚える文化的違和感の少なからぬ部分は、出身国の違いからくるものではありません。たとえば…

■意見募集記事「一言」
移民政策「身近な現場」から考えよう ご意見募集(2018年8月30日)
冒頭部分引用
 欧米諸国のニュースを見ると、どの国でも移民政策が非常に大きな政治争点となっています。一方、日本の政治報道において移民政策が大きな話題となることはこれまでほとんどなかったと思います。新聞各紙の政治記者が政局取材に集中し、われわれ社会にとって何が重要な政策課題なのかを理解せず十分な知識もないため、というのがモデレーターの見解です。
 それでも最近は、外国人労働者に関するニュースも増えてきました。すでに多数の外国人労働者が日本に居住し、働いているという現実が、ニュースを生み出しているのです。このため、政治ではなく社会のニュースとして報道されることが多くなっています。しかし、社会への影響が大きくなってはじめて政策の重要性に気付かされるのでは遅すぎます。
 大塚耕平議員の議論は、こうした状況に対して政界から一石を投じようとするものです。政府の移民政策の方向性に懸念を示すだけでなく、諸外国との対比の中での日本の移民政策の現状を整理しています。この問題についてあまり詳しくない場合には、これを読むだけでよい勉強となるでしょう。

■意見募集対象記事
大塚耕平参議院議員 就労目的、本格的受け入れへ 拙速対応が招く混乱

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大塚耕平 | 参議院議員 | 国会議員白書



第2回
■総括記事「まとめ」
河野議員の「党議拘束緩和」提案 国会改革だけで済む問題か(2018年8月17日)
冒頭部分引用
 高い理想を掲げて導入された「改革」が大した成果を生まないことは、政治に限らずよくあることです。「やりたいこと」が先にあり、これを「改革」と名付けるために目的として高い理想を後付けするような場合が多いでしょうか。
 日本の国会に関しては、1999年の改革で党首討論が導入され、大臣に代わり官僚が答弁を行う政府委員制度が廃止されました。これらは自民党と連立した際に旧自由党が求め、実現した「改革」です。これを導入した法律には「国会における審議を活性化する」、「政治主導の政策決定システムを確立する」といった目的が掲げられていますが、現在の国会を見てこの目的が明確に達成できたと主張できる人はあまりいないと思います。われわれ一般の有権者の立場からすれば、副大臣というすてきな肩書を創出するための、つまり与党議員の利益のための「改革」だったと断じてもおかしくはないでしょう。
 もちろん、ここで国会改革が無意味と言いたいわけではありません。現状の問題点を認識し、これが生じる背景の構造を理解したうえで、これを改めるように適切な改善策を重ねていけば、意味のある改革となるでしょう。現職の国会議員がこのようなオープンな場で意見を述べ、有権者の矢面に立つことは、そのために意味があることです。

■意見募集記事「一言」
「判断しない議員」こそ問題 改善策は?(2018年8月1日)
冒頭部分引用
 党議拘束をなくせという意見は昔からありますが、これが実現していないのはなぜでしょうか? 「議員自身が判断しないことに慣れてしまっている」……この河野太郎外相の指摘はその理由のひとつに当たるでしょう。
 ただ、議員の資質に問題があるのだとすれば、党議拘束の撤廃だけで国会が改善するとも思えません。河野氏の主張への賛否に限らず、読者のみなさんの国会と議員の働きに対する評価や、議論の質を上げるための改革の提言など、多様な観点からのコメントをお待ちしております。

■意見募集対象記事
河野太郎衆議院議員 党議拘束を緩和して議論しよう

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河野太郎 | 衆議院議員 | 国会議員白書



第1回
■総括記事「まとめ」
官僚の忖度防止 まず政党が議員の人事評価を 伊藤達也さん寄稿に(2018年7月19日)
冒頭部分引用
 伊藤達也議員の主張を簡単にまとめると、内閣人事局の「運用」を見直し科学的な政策評価をもとに人事評価を行えば、政治主導を強化しても官僚による“忖度(そんたく)”はなくなるはず、となるでしょうか。これに対して、そんなに簡単にうまくいくかなあという印象を持った方も多いでしょう。「完全に上位者の恣意(しい)を排除できる合理的な物差しがあるとは思え」ないというShirou Kureさんの当然の指摘はその代表です。
 もっとも、政治プレミアは具体的な政策内容を政治家が一方的に発表する場ではなく、政界と読者をつないで建設的な議論を促すことに存在意義があります。読み手に問題意識を伝え、議論を誘起することを考えれば、詳細を省きシンプルに主張を提示することも大切です。この政治プレミアでは内閣人事局に異を唱える意見が多数寄せられていますから、支持する側からの意見、改善案としてまずは検討し、ボールを投げ返すことも大事でしょう。
 このような観点から、モデレーターとして議論を整理し、いくつか意見を述べておきたいと思います。

■意見募集記事「一言」
官僚の忖度なくす具体策 皆さんのご意見は?(2018年7月4日)
冒頭部分引用
 内閣人事局の「運用」を見直し、科学的な政策評価をもとに人事評価を行えば、政治主導を強化しても官僚による「忖度」はなくなるはずというのが伊藤達也議員の主張のようです。
 ただし、その具体的な手段はあまり示されていません。
 せっかくなので、官僚の行動を律するより具体的な方策を、読者のみなさんも一緒に考えてみてはいかがでしょうか。コメントお待ちしております。

■意見募集対象記事
伊藤達也衆議院議員 森友・加計問題が提起したのは、政と官の在り方だ

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伊藤達也 | 衆議院議員 | 国会議員白書
posted by suga at 10:15 | 政治プレミア