2019年08月10日

菅原琢「「地域ありきの復興」という幻想」『新潮45』2011年10月号


 震災の甚大な被害を受けて、政治家やメディアは被災地域の復興を訴え続けている。そうした主張や言葉を多くの人は不思議とは思わないだろうし、納得もするだろう。だが筆者は、こうした地域中心の復興の方向性に危惧を抱いている。そのことを8月25日の朝日新聞で「復興に潜む戦後政治の呪縛」という短い記事で示したところ、ここに呼ばれた次第である。

 これから行われる地域復興について考察するためには、すでに窮地に陥っている地域の例を見るとわかりやすい。一定の結果が出ているからである。その代表例は産炭地である。エネルギーの転換や国際競争力を失ったことにより日本の産炭地は窮地に陥り、ほとんどの炭鉱が閉山となっている。夕張市が地域の雇用確保、観光誘致を目的として次々とハコモノを建設していった結果、粉飾決算に走り、財政再建団体となったことは記憶に新しい。ニュースにならない北海道や福岡などの他の産炭地の実情も同様である。石炭に代わる新たな産業、雇用を呼ぼうと工業団地のようなものを造成するも、企業の進出は進まず、地域に残った人々の間では生活保護受給者が増えるというのが「結果」である。

 旧産炭地に限らず、工業団地造成のような開発事業は全国の自治体で行われている。人口減少地域の自治体が、雇用を確保するという目的のもと計画し、道路や上下水道などのインフラも整備している。しかし、全国の多くの造成地が空き地のままとなっている。

 政治や行政、業界団体などが音頭を取って「地域振興」をするのが、日本では当たり前の風景となっている。そして往々にして実を結ばず、逆に地域が疲弊する結果となることもしばしばである。雇用や観光客を呼び、衰退する地域を活性化させるためとして正当化されているが、全国で似たようなことを行って少ない雇用や観光客を奪い合っているため、その多くが「敗者」となっている現状がある。続きを読む
posted by suga at 00:05 | 懐かしい文章